オケの練習に参加していて、よく言われることがある。
「もっと楽しそうに吹いて!」
「もっと歌っていいですよ」
「このフレーズにあなたなりの物語を込めてみては」
…つまり、感情のこもった演奏ができていない、というご指摘だ。この指摘に対して私は、率直に「分からん!」と思う。だって吹いてて楽しいですよ?歌っているつもりだし。物語?分からん…。
同じオーボエパートの超うまい方(仮にKさんとしよう)に聞いてみたら、日頃の感情を楽器にぶつけているだけで大したことはしてない、と笑っていた。ちょっと闇感じさせるのやめて。「amslさんはバッハとか吹いたら最高に似合うと思うけどなぁ。私は古典苦手なんです、エモく吹きたくなっちゃうので」とフォローもされてしまった。バッハはバロック、私の中では、感情よりも形式重視でかっちりした音楽、という印象だ。つまりやっぱり、Kさんにも私の演奏は棒吹きに聴こえているということ。長所にもなるとフォローいただいたけれど、私はチャイコフスキーみたいなエモに振り切ったフレーズをちゃんと歌いたいのだ。
冒頭に分からんと書いたが、一方で、皆さんのご指摘はその通り、とも思う。私が演奏中に考えていることは、音程、テンポ、強弱。これらが楽譜通り守られているか。周りとズレていないか。そういうことを考えていて、何を歌いたいか、何を表現したいかは二の次。自分の感情より、譜面の正しさをなぞることを追い求めがちだ。別の団員に、「Kさんはソロ寄り、amslさんはセクション寄りのオーボエだね」と言われたことを思い出す。周りに合わせることを優先して、出来るだけ個を出さないようにしているところは、確かにある。
これは学生時代、吹奏楽部の演奏でついた癖のように思う。オーボエの音は倍音を多く含み、ハッキリとしている。良く言えば華やか、悪く言えば周りから浮きがち。ソロなら引き立つが、吹奏楽におけるオーボエはソロじゃない箇所も多い。周りの音に出来るだけ溶け込もう、合わせようと頑張った結果、こんな状態になったのではないか。まあ、個より全体を優先する姿勢自体は悪くない。アンサンブルを大事にしている、と言い換えてもいいかも。…いや、そうやって納得しようとするのは良くない。オーボエは歌ってナンボの楽器なのだ。
個人レッスンをみていただいているプロの先生に相談したら、うーんと言ったあと、「ビブラートもっとかけてみたら?」と言われた。そういう問題なの?確かに苦手ですけれども。ビブラート以前の基礎力も足りないし…、とまで考えて、要は四の五の言わずビブラートの技術を磨けというだけの話な気がしてきた。すみません。でも辛いんですよビブラートって。めっちゃ腹筋使うし。辛いことから逃げるな?それはそう。
感情を込めた演奏とは何か?を漠然と模索するより、ビブラートかけよう、腹筋使おう、の方がやることが明快だ。感情を込めた演奏とはビブラートの効いた演奏である、これを私の暫定解としよう。演奏中に考えていること、音程、テンポ、強弱。これにビブラートを加えればよい。そんな感じで、次回の演奏会に向けた練習も頑張っていきたい。まだ全然譜面見てないけどね。